安全な道をとるか、危険な道をとるか

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間

10代、20代の頃、読書の習慣がほとんどなかった僕にとって、もう少し若い頃
読んでおけばよかったという本はいくつかある。本書もまたそんな1冊である。


僕は小さい頃、(〜小学生)とても天の邪鬼な子供だった。みんなが右に行けば、
無条件に左に行くような感じだった。だから通知表にはいつも「協調性なし」と
書かれていた。


そんな子供だったけど、いつの頃からか長いものに巻かれるというか集団の中で
みんなと同質でいることに居心地の良さを感じるようになっていた。きっと多くの
人が僕と同じように感じているのではないだろうか?


自由に明朗に、あたりを気にしないで生きていくのは確かに難しい。苦痛であれば
あるほど、たくましく挑み、乗り越え、自己を打ち出さなければならない。人生は
自分との闘いである。


戦時下の抑圧された状況の中で、太郎はこのような生き方をすると決め、貫いて
生きた。結局のところ、時代や社会に合わせるのではなく、自分自身で生き方を
決めなければならない。太郎のような生き方を見習いたいと思う。




■安全な道をとるか、危険な道をとるか
人生とは安全な道をとるか、危険な道をとるかのどちらかである。勿論、
危険な道をとる。なぜならば、危険だと感じる方にこそ、本当に自分
がやりたいことがある
からだ。
そして危険な道を行くということは自分自身との闘いだ。能力がなかろう
とそれが自分自身と受け止め、ありのままの自分をさらけ出す。
周りから何と言われようと自分を貫き通す。そのように生きなければならない。


■爆発
岡本太郎といえば、「芸術は爆発だ!」というセリフが連想される。
太郎がいう芸術とは、絵とか音楽の話ではなく、生き方そのものを指している。
情熱を己の中で燃え上がらせ、その瞬間瞬間に爆発を連発させて生きていく。
つまり「芸術は爆発」とは、全力投球の生き方のことである。



(引用)

自分自身の最大の敵は他人ではなく自分自身だ。自分を取り巻く状況に甘えて自分をごまかしてしまう、そういう誘惑はしょっちゅうある。だから自分をつっぱまして自分と戦えば、逆に本当の意味での生き方ができる。 (P13)

安全な道をとるか、危険な道をとるかだ (P18)

人間にとって成功とは、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかではないだろうか。 (P27)

’いずれ’なんていうやつに限って、現在の自分に責任を持っていない。生きるというのは瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。 (P52)

プライドとは絶対感だ。自分がバカであろうと、非力であろうと、それがオレだ、そういう自分全体に責任を持って堂々と押し出す。それがプライドだ。 (P65)